ノーベル賞の受賞の根拠になった論文2報の解説
論文解説1Sakaguchi S, Sakaguchi N, Asano M, Itoh M, Toda M. Immunologic self-tolerance maintained by activated T cells expressing IL-2 receptor a-chains (CD25). Breakdown of a single mechanism of self-tolerance causes various autoimmune diseases. J Immunol. 1995:155:1151-1164.
https://doi.org/10.4049/jimmunol.155.3.1151
概要
制御性T細胞の特異的分子マーカーの同定に成功し、制御性T細胞とその免疫自己寛容機能の存在を証明した。。
解説
T細胞はいろいろな種類があり、役割も異なっていますが、みんな同じような見た目なので、形から種類を判別することができません。でも、それぞれのT細胞が免疫のなかでどのような働きをしているのか調べようとすると、種類ごとに取り出すことができないのはとても不便です。ある細胞の性質を調べたいときは、その細胞だけを取り出して調べる必要があります。他の細胞が混じっている状態で実験をしたら、その細胞の性質を正確に調べることはできません。
そこで免疫学の世界では、細胞の表面にあるタンパク質を目印にして細胞を分類しています*1。例えばT細胞には大きく分けてキラーT細胞とヘルパーT細胞がありますが、キラーT細胞はCD8という目印を持っていて、ヘルパーT細胞はCD4という目印をもっているので、それを指標にしてキラーT細胞とヘルパーT細胞を分けることができます。
*1:細胞の種類が違うということは役割が違うということです。異なる役割を果たすために、必要なものも異なるので、それを目印にして分類する、ということをしています。
ヘルパーT細胞の仲間であるTregはCD4を持っていることがわかっていました(実際は、CD4を持っていたので、ヘルパーT細胞の仲間であるという判断になった)。しかし困ったことに、Tregだけをより分けるための目印は見つかっていませんでした。坂口先生は、後にTregと呼ばれる、免疫機能を抑制する性質を持つヘルパーT細胞がいることを見つけていましたが、それをみんなに納得してもらうことができていませんでした。みんながTregという細胞を取り出して、その細胞が坂口先生の言う通りの働きを持っていることを認めてもらわないといけません。そのために、Tregだけにしかない目印を見つけて、これを目印にしたら、Tregを取ってくることができます(だからその取り出した細胞の性質を確かめてみてください)、ということを示す必要がありました。 この論文を発表する前の段階で分かっていたことは、Tregは(他のヘルパーT細胞に比べて比較的多めにCD5を持っている、ということでした。しかし、ヘルパーT細胞の8割はCD5を持っていたので、Tregに「だけ」ある目印を見つけたとはまだ言えませんでした。
この論文で、坂口先生たちは、新たなTregの目印としてCD25を発見して報告しました。CD25は、ヘルパーT細胞のうち10%程度しかもっておらず、そのほとんどがTregとしての性質をもっていることも確かめています*2。
**2:CD25を持ったヘルパーT細胞を除いた残りのT細胞を、生まれつきT細胞を全く持っていないネズミ(ヌードマウス)の体に入れると、そのネズミは自己免疫疾患を発症しました。この自己免疫疾患は、移入したT細胞の量に従って重症度が決まり、またCD25をもつT細胞を一緒に入れてやると、自己免疫疾患は起こりませんでした。これらの実験から、正常なネズミも、自分の体を攻撃するT細胞(自己攻撃性T細胞)を持っていること、その自己攻撃性のT細胞を抑制する働きを持つT細胞があること、抑制性を持つT細胞はCD25を持っていること、が示されました。
CD25はTregだけが持つ目印と呼べるもので、これを目印にすることで世界中の研究者がTregの存在を確認できるようになり、この論文は、免疫機能を抑制するヘルパーT細胞(Treg)の存在を世界で初めて報告した成果として認められました。
しかし、この論文を発表した1995年当時はなかなかこの細胞の存在を認めてもらうことができなかったそうです。それは坂口先生の責任ではなく、当時の免疫学の研究会の空気に起因しています。実は制御性T細胞が報告される以前に、抑制性T細胞と呼ばれるよく似た性質を持つT細胞がもてはやされた時代がありました。しかし結局、世界中の研究者たちが探し求めた抑制性T細胞は見つからず、1995年当時は「免疫系を抑制する細胞などというものは存在しない」という空気に支配されていました。期待が大きすぎて、ないと分かった時のガッカリ感も大きかったせいか、制御性T細胞も抑制性T細胞と同じく、眉ツバだと思われてしまっていたようです。そのため、ノーベル賞を取った今から考えると考えられないことですが、この論文を発表した後も、坂口先生は研究費の獲得にご苦労されていたようです。それでもめげずにTregの研究を続けてこられた坂口先生なのでした。
論文解説2
Hori S, Nomura T, Sakaguchi S. Control of regulatory T cell development by the transcription factor Foxp3. Science. 2003:299:1057-1061.
https://www.science.org/doi/10.1126/science.1079490
概要
制御性T細胞への分化と機能の獲得を制御する転写因子としてFOXP3(ふぉっくすぴーすりー)を同定した。
解説
1995年の論文で、Tregの存在を報告しましたが、Treg細胞の性質、機能を詳しく知るするためには、まだ大切な情報が足りていませんでした。それは、Treg細胞がどうやってできてくるのか、何がTregに免疫系を抑制する機能を与えるのか、というものです。
将来T細胞になる細胞たち(前駆細胞:ぜんくさいぼう)は、骨髄で作られて胸腺に移動してきます。この時点では、まだキラーT細胞になるか、ヘルパーT細胞になるか決まっていません。胸腺の中で様々な刺激を受けたり選別を受けながら、細胞の運命が決まっていきます。この過程を、T細胞の前駆細胞からT細胞に分化(ぶんか)する、と表現します。分化の過程で細胞の中では何が起こっているかというと、キラーT細胞とヘルパーT細胞に分化していく細胞それぞれが、キラー細胞として働くために必要なたんぱく質、ヘルパーT細胞になるために必要なたんぱく質を作って、それぞれの細胞としての機能を獲得していきます。
細胞がもつたんぱく質は、遺伝子を設計図として作られるので、Treg細胞は、Tregになるために必要なたんぱく質のセット*1を、遺伝子をもとに作ることでTreg細胞に分化していきます。
*1:体内で様々な働きをする物質の多くは、たんぱく質でできています。食べ物を消化する酵素や、細胞同士が情報をやり取りするために放出する伝達物質やホルモン、サイトカインなど、様々なものがたんぱく質でできています。Tregも、Tregが持つたんぱく質によって機能を発揮しています
厄介なことに、遺伝子という設計図には、Tregになるための遺伝子がまとめてどこかに置いてあるわけではなく、必要なたんぱく質の設計図が遺伝子全体(ゲノム)のあちらこちらに散らばっています。そんなバラバラに置かれている遺伝子から、数百に上るたんぱく質のセットを全部忘れずに作るってなかなか大変そうですね。分化を終えてTregとして働こうと思ったら、「あっ、あのたんぱく質作るの忘れてた!」ということになったりしないのでしょうか? 細胞はそういう忘れ物をしないよう、「転写因子(てんしゃいんし)」という便利な道具を持っています。ヒトは2000種類ほどの転写因子を持っていると考えられていて、それぞれがDNA(遺伝子の材料)の決まった配列にくっつくようにできています。転写因子をくっつけることで、その近傍にある遺伝子からのたんぱく質合成のオン・オフを制御します。Tregに必要なたんぱく質を作る遺伝子はたくさんありますが、それらの近くに、同じ転写因子がくっつく場所を作っておけば、その転写因子を作る(細胞内で、その転写因子のたんぱく質を作る)と、転写因子がTregとして必要な遺伝子群にくっついてたんぱく質を作りはじめます。その転写因子を一つ作れば、必要なたんぱく質を漏れなく作りTregに分化させることが可能になるというわけです。細胞の運命を決める転写因子は、一つの転写因子を使ってたくさんのたんぱく質の合成を制御する仕組みになっていることが多いです。この時、その転写因子を作れば細胞の運命が決まってしまうので、その転写因子の遺伝子を、「マスター遺伝子」と呼びます(なんかすごく偉い遺伝子っぽい感じが伝わる名前ですね)。2003年に坂口先生のグループが発表したこの論文は、Tregになるために必要なたんぱく質は、FOXP3という名前の転写因子がそのスイッチになっていることを突き止めた(Tregに分化するためのマスター遺伝子はFOXP3だ)、というものです。
その発見の経緯は、以下のようなものです。重篤な自己免疫疾患を発症するIPEX症候群という遺伝病*の原因遺伝子がFOXP3という転写因子であることが、この論文が発表される2年前(2001年)に報告されていました(Mary E. Brunkow博士とFred Ramsdell博士は、この業績により2025年のノーベル生理学・医学賞を坂口先生と共同受賞しました*文献1~3)。 。
*遺伝病:遺伝子の変異により生じる先天的な疾患。原因遺伝子を解明することにより、発症のメカニズムが明らかとなり治療法の開発に役立つことが多いです。また、原因遺伝子の生体内での機能を解明する手掛かりにもなります。
しかしこの時点では、FOXP3の欠陥がなぜそのような重篤な自己免疫疾患の原因になるのかは全く分かっていませんでした。坂口先生たちは、Tregに異常をきたしたネズミの自己免疫疾患様の症状とIPEX症候群の症状がよく似ていることに着目し、FOXP3がTregの分化を制御する転写因子であると推測し、それを確認するための実験を進めました。
まず、FOXP3がCD4とCD25を持っているT細胞(Treg)でのみ働いていることを確かめました。また、FOXP3が働いていないT細胞で強制的にFOXP3が働くように操作すると、そのT細胞はTregと同じような性質を持つ細胞になることも分かりました。さらにこの強制的にTreg化した細胞は、生体内で自己免疫疾患を抑制する機能を持っていることも示しました。以上のことから、FOXP3という転写因子が、Tregにだけ発現する遺伝子であること、前駆細胞からTregを分化させ、Tregとしての機能を与えるために必須の「マスター遺伝子」であることが示されました。またFOXP3が、Tregのより厳密なマーカーとして使えることを示しました。
こうして、Tregに分化するときに働く転写因子がわかったことで、Tregの機能の解明に有用な情報を得られるようになりました。FOXP3で制御される遺伝子は、Tregの機能に重要なものが含まれるので、それを調べればTregが免疫を抑制する仕組みが分かるはずです。さらに、FOXP3を用いてT細胞をTreg化することにより、自己免疫疾患や炎症性疾患の治療、臓器移植における拒絶反応の制御に道を開くことができました。
*文献
1, Brunkow ME, Jeffery EW, Hjerrild KA, Paeper B, Clark LB, Yasayko SA, Wilkinson JE, Galas D, Ziegler SF, Ramsdell F. Disruption of a new forkhead/winged-helix protein, scurfin, results in the fatal lymphoproliferative disorder of the scurfy mouse. Nat Genet. 2001:27:68-73.
2, Wildin RS, Ramsdell F, Peake J, Faravelli F, Casanova JL, Buist N, Levy-Lahad E, Mazzella M, Goulet O, Perroni L, Bricarelli FD, Byrne G, McEuen M, Proll S, Appleby M, Brunkow M. X-linked neonatal diabetes mellitus, enteropathy and endocrinopathy syndrome is the human equivalent of mouse scurfy. Nat Genet. 2001:27:18-20.
3, Bennett CL, Christie J, Ramsdell F, Brunkow ME, Ferguson PJ, Whitesell L, Kelly TE, Saulsbury FT, Chance PF, Ochs HD. The immune dysregulation, polyendocrinopathy, enteropathy, X-linked syndrome (IPEX) is caused by mutations of FOXP3. Nat Genet. 2001:27:20-21.