坂口先生の研究をもっと知りたい!

 

第1回 Tregについて

世界中のTreg研究者が、自己免疫疾患の克服、ガンの治療を実現するために日夜研究を続けています。たくさんの研究者が切磋琢磨する中で、坂口先生の研究は今も、この分野の先頭を走り続けています。

Tregの働きによって、自分の体を攻撃する免疫系の働きは抑えられていますが、逆に言えば、Tregがなければ、免疫系は自身の体を攻撃して、自己免疫疾患を起こしてしまうということになります。Tregは自己免疫疾患の発症を抑制する役割を持ち、Tregの機能異常により様々な自己免疫疾患が発症することが知られています。自己免疫疾患を起こしてる部位でTregの機能を活性化してあげれば、自身の体に対する免疫反応を抑制し、病気を治すことができるはずです。
また、逆にTregが頑張って仕事をしすぎるせいで治らない病気もあります。それがガンです。ガン細胞はもともと自分自身の細胞なので、Tregは自分自身を攻撃しないよう、ガン細胞を守ってしまうことがあります。がん細胞自身もTregを味方につける工夫をして身を守る狡猾さを持っているので厄介です。Tregの機能を調節することができれば、免疫系は遠慮なくガン細胞を攻撃することができるようになり、ガンを治療することができるようになると期待されています。


今回の受賞理由は、「免疫システムを制御する仕組みを明らかにした」というものです。坂口先生は、「制御性T細胞」と呼ばれる免疫細胞を発見し、免疫系が自身の体を攻撃しない仕組みを解明しました。 「免疫」というシステムは、自分の体(の部品)とそれ以外(異物:例えばウィルスや細菌)を識別して、体に入ってきた異物を排除する仕組みです。私たちの体を病気(感染症)から守るという大切な役割を持っています(図1)。そう聞くと、免疫系が自分の体を攻撃しないのは当たり前なのでは?と思うかもしれません。でもそうではありません。自分と自分以外の識別は、それほど厳密ではありません。異物といわれるものも我々と同じ生き物由来のものが多いので、基本的な構造は似ています。自分なのか他人なのか紛らわしい、ということはいくらでもあり得ることなのです。 図1 我々の体には常に、細菌やウイルス、カビや花粉などの異物の侵入の危機にさらされています。免疫系の様々な細胞がそれらの異物の侵入に対抗し、我々の体を守っています。

そういうわけで、免疫のシステムは非常に強力であるがゆえに、きちんと制御しなければ自分自身の体を壊してしまうこともあります。実際、自己免疫疾患として知られている病気は、免疫システムの制御がうまく働かず自分自身を攻撃してしまうことで生じる病気です。糖尿病のうちの一部(Ⅰ型糖尿病)や、関節リウマチなど、一般的に知られている病気にも自己免疫疾患に分類されるものがあります。

I型糖尿病:免疫系が、インスリンを産生する膵臓ランゲルハンス島β細胞を破壊する。インスリンの分泌量が低下し血糖値が上昇、糖尿病を発症する。 関節リウマチ:免疫系が関節の滑膜という部分を攻撃する。その結果、関節に変形が起こる。
それでは、健康な状態の免疫システムが、自分の体を攻撃しないのはなぜでしょうか?そしてなぜ、自己免疫疾患では自分を守るはずの免疫システムが自分自身を攻撃してしまうのでしょうか?実は、健康な人の体の免疫系にも、自分自身を攻撃する機能があるのですが、免疫のシステムは、自分自身を攻撃しないよう免疫の機能を制御しているのです。その免疫機能を制御するために重要な役割を担っているのが、坂口先生が発見し、長年にわたりその役割の解明を続けてきた制御性T細胞(Treg:ティーレグ)という細胞です。Tregとはどんな働きをしている細胞なのでしょうか?

TregはヘルパーT細胞とよばれる白血球(免疫に関連する細胞集団の総称)の一種です。ヘルパーT細胞は別名「免疫の司令塔」とも呼ばれ、異物に対する防御に重要な役割を果たしますが、中には自分の体を攻撃しようとするものもいます。Tregは、自分の体を攻撃しようとするT細胞の働きを抑える役割を持っています(図2)。 図2 免疫系の細胞の中には、異物ではなく自分の体を構成する部品に対して攻撃性を持つものが含まれています。Tregはそれらの自身を攻撃するT細胞を抑制し、自分を守る働きをしています(免疫自己寛容といいます)。


ノーベル賞の受賞につながった坂口先生の主要な論文
Sakaguchi S, Sakaguchi N, Asano M, Itoh M, Toda M. Immunologic self-tolerance maintained by activated T cells expressing IL-2 receptor a-chains (CD25). Breakdown of a single mechanism of self-tolerance causes various autoimmune diseases. J Immunol. 1995:155:1151-1164.
制御性T細胞の特異的分子マーカーの同定に成功し、制御性T細胞とその免疫自己寛容機能の存在を証明した。
Hori S, Nomura T, Sakaguchi S. Control of regulatory T cell development by the transcription factor Foxp3. Science. 2003:299:1057-1061.
制御性T細胞への分化と機能の獲得を制御する転写因子としてFOXP3を同定した。